よくある質問

よくある質問についてまとめてあります。
各タイトルの上でクリックすると答えが表示されます。

お参りの作法について

手水の作法について

居木神社の手水舎

神社にお参りする際はまず、「手水舎(てみずや)」で手と口をすすぎます。
昔から清らかな水は穢(けがれ)を流すとされ、手水は禊(みそぎ)を略式化したものともいえます。

  1. はじめに左手を清めます。
  2. 次に右手を清めます。
  3. 左手に水を受け、口をすすぎます。
  4. 再び左手を清めます。
  5. 柄杓(ひしゃく)を縦に持ち、残った水で柄(え)を洗い流します。

お参りの作法について

神社でも、家庭でも神さまにお参りする際は、二拝(礼)二拍手一拝(礼)の作法で行います。

  1. 神社や神棚の前で、姿勢を正してから腰を90度に曲げ、二回拝(深くお辞儀をする)をします。
  2. 胸の前で両手を合わせ、右手指先を少し下げ、二回手を打ちます。
  3. もう一度拝をします。
イラスト 参拝作法
玉串(たまぐし)について

玉串とは、一年中青々とした葉が茂り、神さまが宿るとされる榊の枝に、紙垂(しで)や麻を結び付けたものをいいます。
榊の他に樫、松、杉、樅などの常緑樹を用いる地方もあります。

常緑の枝を用いるのは、神さまが木に宿るということから転じて、神さまに対するお供え物の意味もありますが、寧ろ清らかな誠心の気持ちを捧げる「しるし」と考えられます。
木偏に神と書いて「さかき」と読む榊には、「栄える木」、神社を神聖な場所として「境とする木」の意味もあります。


玉串拝礼(たまぐしはいれい)の作法について

tamagushi

  1. 玉串を受け取り、玉串の先を時計回りに90度回して立てます。

  2. 左手を下げて根元を持ちます。このとき玉串に祈念を込めます。

  3. 玉串をさらに時計回りに回し、根元を神前に向けます。

  4. やや進んで、玉串を案(机)の上に置きます。

  5. やや下がり、二拝二拍手一拝の作法でお参りします。


お供えする熨斗(のし)袋の表書きについて

熨斗袋神社で祈願や結婚式を受ける際、お供えする熨斗袋の表書きは「初穂料(はつほりょう)」あるいは「玉串料(たまぐしりょう)」と書きます。

熨斗の起源は、昔大変貴重な保存食であった「昆布(のし昆布)」「あわび(のしあわび)」を贈ったことが始まりです。相手の長寿を祈り、贈り物の象徴として、熨斗を添える風習が定着しました。
「初穂料」は、秋に収穫されたその年初めての稲穂を神前にお供えしていたこと、「玉串料」はお参りの際、榊の枝に紙垂と麻を結び付けた玉串を神前にお供えするところからきています。

また、慶事の際には、運が上がるように下側の折り返しを上に、弔事の際は、目を伏せた状態を表すように、上側の折り返しが上にくるように折ります。

その他表書きには次のような書き方があります。

  • 御神前(ごしんぜん)
  • 御榊料(おんさかきりょう)
  • 御供(おそなえ)
  • 御供物料(おくもつりょう)
  • 幣料(ぬさりょう)
  • 御神饌料(ごしんせんりょう)
  • 御祭祀料(おさいしりょう)
  • 幣帛料(へいはくりょう)

このほか、神式の葬儀のお供えに関しては、「御霊前(ごれいぜん)」「玉串料」「御榊料」といった表書きが用いられます。
市販の不祝儀袋には「御霊前」とあっても、蓮の花の文様が付いている場合がありますが、これは仏式用のものなので注意してください。


 

神棚と家庭でのおまつりについて

家庭に神棚をまつる意義

わが国は、戦後の高度経済成長により目覚ましい発展を遂げてきました。それとともに、日本人の生活様式や生活のリズムも随分と様変わりしてきました。
しかし、そんな時代になっても日本人には、お正月やお盆には里帰りをし、また、人生の節目に神社にお参りするなどといったことが習慣としてすっかり定着しています。
それは、神さまを自分たちの祖先と考え、生命を神さまから戴いて生きているという、日本人の伝統的な生命観が無意識のうちに受け継がれているからでしょう。

日本人にとって神さまは、自分たちの生活とかけ離れた存在ではなく、ともに生きる身近な存在なのです。それは、「お天道さまが見ている」とか「バチが当たる」という言葉をよく耳にすることからもわかります。各家庭に神棚があるのも、神さまとともに生きる日本人の暮らしぶりの表れです。

人生には、自分の意思ではどうすることもできないことがたくさんあります。しかし、神棚をおまつりして毎日の無事を祈り、「神さまのおかげ」を戴きながらさまざまなことを乗り越え、一つ一つ年を重ねてゆくからこそ、年を祝うことに特別な意味があるのです。

イラスト 神棚のお参り

お父さん、あるいはお母さんが毎朝、家族を代表して神棚まつりと祖先まつりを行い、家族が今日一日、無事に過ごせますようにとお参りします。
このとき、家族が揃ってお参りできればよいのですが、あわただしい朝に、そうした時間が持てないこともあるでしょう。そのようなときは、出かける前に、家族それぞれが神棚と御霊舎をお参りするようにしましょう。そして、帰宅時や就寝前にも、神棚と御霊舎にお参りします。家族で交わす「いってきます」、「ただいま」、「おやすみなさい」の挨拶を、神棚と御霊舎におまつりしている神さまやご祖先に申し上げ、祈りと感謝を捧げるのです。

こうした毎日のお参りを通じて、自分のことだけでなく、家族それぞれのことを願って神棚や御霊舎に手を合わせている自分に気づくはずです。
おそらく家族全員が、同様の思いで手を合わせているのでしょう。
そんなときに、互いに思いやり、いたわり合う家族の絆を、そして家庭のあたたかさ、大切さを感じるのではないでしょうか。
一日のわずかな時間、家族みんなが神棚と御霊舎に手を合わせ、家族の絆と生命のつながりを実感する、そんな家庭ってすばらしいと思いませんか。


神棚まつりと祖先まつりについて

家庭のまつりには、神棚まつりと祖先まつリがあります。
日本では古くから、お正月にお迎えする歳神さまをばじめ、台所には竈(かまど)神さま、井戸には井戸神さまなど、さまざまな神さまをそれぞれにおまつりしてきましたが、近世以降は、伊勢の神宮の御神札(神宮大麻・じんぐうたいま)と氏神さまの御神札、また特別に崇敬している神社があれば、その御神札を神棚におまつりして、神棚まつりを行うのが一般的となって今日に至っています。

祖先まつりは家代々のご祖先をおまつりするもので、御霊舎(みたまや)で行います。祖先まつりを行うのは、古来日本では、祖先の霊はこの世にとどまって祭りを通して人と交わり、この世の子孫を守ってくれると信じられているからです。

ところで、祖先まつりは仏式が本来と考えている方が多いようですが、仏教はもともと神や霊の存在を認めるものではありませんから、仏壇による祖先まつりも、こうした日本の伝統的な祖先を敬う心を土台としているのです。


神棚や御霊舎をおまつりする場所について

家庭のまつりは、日常生活における一家の中心となる行事ですから、神棚や御霊舎をおまつりする場所は、家の内でも清浄なところを選ぶようにしましょう。
一般には、清らかで明るく、静かで高いところに、南向き、あるいは東向きにおまつりするのがよいと言われ、神棚は座敷に、御霊舎は居間におまつりすることが多いようです。

しかし、今日の住宅事情を考えますと、このような場所が見当らないことも多く、神棚と御霊舎をどのようにおまつりしたらよいのか判らないという声がよく聞かれます。こうした場合は、家族が親しみを込めて、毎日お参りのできる場所を第一に考えます。

それは、私たちをいつも見守って下さっている神さまやご祖先と共に暮らし、親しみを込めておまつりすることが家庭のまつりの原点だからです。ですから、家族がいつも集まって会話をしたり食事をするような、家庭生活の中心となる部屋の適当な場所に、丁重におまつりすればよいのです。
また、神棚と御霊舎を同じ場所に並べておまつりすることになったとしても、神さまとご祖先を親しみと感謝を込めておまつりすることを大切に考えれば、差し支えないことと言えるでしょう。


御神札(おふだ)の受け方・納め方について

新年を迎えるにあたり、新しい伊勢の神宮の御神札(神宮大麻・じんぐうたいま)や、氏神さまの御神札をお受けして神棚におまつりすることで、お力を新たにされた神さまから一層のご加護を授かることができます。

一年間おまつりしてきた古い御神札は、感謝の気持ちを込めてそれぞれの神社(古神札納所)にお納めします。
御神札や御守りを授かった神社が遠隔地であるなどのやむをえない事情がある場合には、併せて氏神さまにお納めしてもよいでしょう。

ただし一年間、ご守護をいただいた御神札や御守りですから、くれぐれも丁寧に扱うことが大切です。
日々のお恵みに感謝し、家族みんなが清々しく幸福な生活を送れるように、お正月の期間だけでなく平素から神棚のおまつりを心掛けましょう。


神棚の選び方について
宮形

家庭において、神社から戴いてきた御神札(おふだ)を納めておまつりするのが神棚(宮形・みやがた)です。
宮形には、さまざまな種類のものがありますが、伊勢の神宮の御社殿の形式である神明造(しんめいづくり)のものが一般的な形態です。ほかにも屋根を除いた箱宮形があります。

その中でも、御扉が一つの一社造のものや、三つの三社造のものがあり、一社造の宮形には手前から、神宮大麻(天照皇大神宮としるされたお伊勢さんの御神札)、氏神様、崇敬神社の御神札の順で重ねて納め、三社造のものは、神棚の正面に神宮大麻、向かって右に氏神さま、左に崇敬神社の御神札を納めます。
このほか、屋根に檜皮葺(ひわだぶき)や茅葺(かやぶき)などが用いられるなど材質の違いや、細かな装飾を施された宮形もあります。

しかし、実際に宮形を選ぶとき重要となるのは大きさです。部屋の広さに応じて棚板を設けますが、棚板の横幅と奥行の寸法、また天井までの高さを測り、これに相応しい大きさのものを選ぶ必要があります。お供えや榊立などを載せるスペースも考慮しなければなりません。
初めて神棚を設ける場合や、事由により古い神棚を取り外し、新しい神棚を設ける場合には、神職にお祓い(神棚のおまつり)をしてもらう方がよいでしょう。このため、宮形を選ぶ際にも、おまつりをしてもらう氏神さまの神職に相談してみるのがよいかと思います。


神棚の祭器具とお供えの仕方について
お供えの仕方

神棚には、通常、米・酒・塩・水をお供えします。この場合、米や塩は平瓮(ひらか)、水は水器(すいき)、酒は瓶子(へいし)という白色陶製の祭器具が用いられます。また、魚・乾物・野菜・果物などのお供えも、その大きさに合わせた平瓮に盛ります。

このほか、宮形の前に置く神鏡や、榊を飾る榊立て、神前を明るくするための神灯(ロウソク立て、電灯式など)が用いられており、いずれも神具店などで求めることができます。また、祭器具は、神棚に用いるものであることに留意し、清掃や洗浄といった取り扱いも一般の物と分けるようにします。

次にお供えの仕方ですが、我が国では古来、中央である正中(せいちゅう)を尊ぶため、神棚にお供えする際にも、米を中央とし、次に酒、塩、水をお供えします。ただし、棚板のスペースによっては、これに限りません。
米や酒などのお供えはもちろんですが、そのほか季節の初物や戴き物など、珍しい食物も神棚にお供えしてから家族で戴くように心掛けたいものです。


神宮大麻(じんぐうたいま)について
神宮大麻

年末年始に氏神さまから戴く御神札(おふだ)には、氏神さまの御神札のほかに伊勢の神宮の御神札である神宮大麻があります。

伊勢の神宮は、皇室の大御祖神(おおみおやがみ)である皇祖 天照大御神(あまてらすおおみかみ)をお祀りする神社です。
氏神さまがその地域をお守りになっている神さまであるなら、神宮は日本全国をお守り下さっている総氏神さまであるわけです。ですから、例えば氏神さまが神明社で天照大御神を御祭神としていても、神宮大麻は、皇祖神であり全国の総氏神さまである神宮の御神札として、氏神さまの御神札とともにお祀りするのです。その広大無辺のご神徳は太陽に例えられ「天の恵み」と仰がれます。

神宮大麻の起源は平安時代末に遡ることができます。元来、神宮は私幣禁断(個人的な祈願を受けない)の神社でしたが、諸国を巡った御師(おし・おんし)の活躍もあって、広く一般の崇敬を集め、大麻の頒布も全国的に広がっていきました。明治以降は皇祖神の大御恵(おおみめぐみ)を戴くための大御璽(おおみしるし)として頒布されてきました。

また、大麻という名称は、神社でお祓いを受ける際に用いられる大麻(おおぬさ)からきたものであり、大麻を頒布した御師の間でも「御祓」(おはらい)や「お祓さん」といった通称が用いられていたことなどから、御神前に進む際の参拝者の清浄なる心持ちを表したことと考えられています。

毎年、重ねて御神威の発揚を願うためにも、新年には氏神さまの御神札とともに、神宮大麻も戴いてお祀りしましょう。


氏神さまの御神札について
居木神社の御神札

氏神さまは、日本全国に地域住民の心の拠り所としてお祀りされています。都会にあっては諸産業を、農村にあっては農業を守護し、漁港にあっては大漁をもたらす等、その土地に暮らすすべての人々とその生活をお守りくださる最も身近な神さまです。

親がわが子を慈しむような、大地が五穀を育むようなそのご神徳は「地の恵み」と称えられます。

 


竈神(かまどがみ)について
荒神様の御神札

年末年始に、神社の社頭や神職・氏子総代・世話人などの手により、新年に家庭でお祀りする御神札一式を頒布(はんぷ)しますが、この中に竈神の御神札が含まれております。
竈神は、「荒神(こうじん)」「三宝〈方〉荒神」「釜神(かまがみ)」「火の神」などさまざまな呼称があり、主に竈(かまど)を中心とした各家の火を扱う場所にお祀りされる神様です。

食物の煮炊きに用いられる竈は、通常一軒に一カ所であったため、竈はその家を象徴するものと考えられました。分家することを「竈を分ける」などというのも、こうしたことによるものです。

竈の守りとして祀られる竈神は、単に火伏せの神としての御神格だけではなく、農作の神やその家の富や生命全般など生活全般を司る神として広く信仰されるようになりました。屋内の場合、竈の近く(現在では台所など)に神棚を設けて、御神札や幣串(へいぐし)を納めて祀るのが一般的ですが、地域によっては竈神の形相を表した面を祀ったり、松や榊などを竈神の依代(よりしろ)とする事例なども見ることができます。

さて、竈神の具体的な御神名ですが、「古事記」に大年神の子として「奥津日子神(おきつひこのかみ)、つぎに奥津比売命(おきつひめのみこと)、またの名は大戸比売神(おおべひめのかみ)。此は諸人のもち拝(いつ)く竈神なり」とあるように、奥津日子神・奥津比売命の二柱の神、若しくは大年神を合わせた三神が竈神とされています。
火の清浄を保つため、神祭りや葬祭などには別火(べっか)を用いたり、大晦日に竈火を新たにして竈祓いの行事をおこなうことなどにより、竈火を神聖なものとして扱う信仰をみることができます。


 

神道全般について

神道について

神道の起源はとても古く、日本の風土や日本人の生活習慣に基づき、自然に生じた神観念です。
このためキリスト教のキリストのような開祖はいませんし、「聖書」のような教典もありませんが、「古事記」や「日本書紀」、「風土記」などにより、神道の在り方や神々のことを窺うことができます。

日本人の生活と深い関わりのある神道は当初から宗教や宗派として認識されていたわけではなく、仏教が大陸から伝来したのち、それまでの我が国独自の慣習や信仰が御祖神(みおやがみ)の御心に従う「かむながらの道(神道)」として意識されるようになりました。
神社の創立の由来はとても古く、それぞれの土地や氏族の神話的な淵源に根ざしたものです。

日本人の民族性とも共通することですが、神道の特色の一つとして、外来の他宗教に対する寛容さを挙げることができます。
神道は仏教や儒教・道教などにも習合し、中世から近世にかけてさまざまな思想的な展開が見られ、我が国の文化に大きな影響を及ぼしました。しかし、我が国独自の神観念は変わらず、現在まで脈々と受け継がれています。

さて、我々が生活する地域の氏神様を含めて、神社は全国至るところにあり、八百万(やおよろず)の神といわれるほど多くの神々が森厳なる神社の境内の中にお鎮(しず)まりになられています。
これは我々が生活を豊かに育んできた自然の中に神々の姿を感じ、畏敬の念をもって接してきたことによります。こうした自然との調和を大切にする神道は、より良い自然環境を次世代に継承させるという観点からも、今後更に重要となるのではないでしょうか。

また、神道の特色の一つとして神々を敬い祖先を大切にする(敬神崇祖・けいしんすうそ)といった考え方があります。
これは神々が他の宗教のように隔絶された御存在ではなく、我々の御祖神として深い繋がりがあることを説いたものです。自らの御先祖も丁重にお祀(まつ)りすることにより、我々を見守って戴ける神々としてお鎮まりになられるのです。


伊勢の神宮と全国の神社との関わりについて

伊勢の神宮は一般的には「お伊勢さま」「大神宮さま」と呼ばれていますが、正式には「神宮」と称し、我々日本人の心のふるさととして古くから親しまれて参りました。

「伊勢の神宮」とは、天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀る皇大神宮(こうたいじんぐう・内宮)と豊受大御神(とようけのおおみかみ)を祀る豊受大神宮(とようけだいじんぐう・外宮)の両宮をはじめとして、別宮・摂社・末社・所管社合わせて百二十五社を総称していいます。
その中でも内宮の御祭神である天照大御神は皇室の御祖神(みおやがみ)として貴い御存在であるとともに、常に我々国民をお守りくださっている日本の総氏神様であり、全国で約八万社ある神社の中でもその根本となるお社です。しかし神社の場合、寺院などに見られるような本山末寺といった上下の地位を表す関係はありません。

神道の祝詞の中で古い形態を残す「大祓詞」(おおはらいことば)の内容は、八百万の神々が集まり、話し合いを重ねた結果、皇孫(こうそん)に豊葦原(とよあしはら)の瑞穂の国(日本の国)を安らかな国として治めるようにと御委任なされたことが記され、天孫降臨に際して国つ神である大国主命が天照大御神の御子孫に国を譲り渡したように、多くの神々との関係においても、それぞれの神々の立場が尊重され、話し合いの精神を以て諸事が決せられていたことが分かります。こうした考え方は現在の私達にも受け継がれている我が国の美風ともいうべきことです。

この神々の関係は神社についても同様にいえることで、現在、全国の神社の多くは神社本庁のもと、各神社ごとにそれぞれの神々を祀り、お祭りが厳粛におこなわれるようにつとめており、神社界全体としては伊勢の神宮をはじめ、全国の神社の振興を図るための諸活動がなされています。このことからも、伊勢の神宮を格別なる御存在として神社本庁が特に本宗(ほんそう)と仰いでいるのは、全国神社の総意に基づくことといえます。


皇室と神社のお祭りの関わりについて

天皇陛下は日本国の象徴としてさまざまな御公務をおこなわれていらっしゃいますが、その中でもわが国が始まって以来続けられてきた最も大切なお務めは神々のお祀り(皇室祭祀)をおこなうことです。

皇室祭祀の起源は「日本書紀」の中にあるように、天孫の葦原中津国への降臨に際して、皇祖天照大御神が自らの御魂をこめた宝鏡(八咫鏡〈やたのかがみ〉)を授けて、祀るように命じた神勅によるものといわれています。
その後、八咫鏡は伊勢の神宮の御神体としてお祀りされ、またその写しの宝鏡が宮中でもお祀りされました。このため現在においても、皇室と最も縁深い格別なる神社は伊勢の神宮であり、宮中では宝鏡をお祀りする賢所をはじめ、歴代の天皇・皇后・皇族を祀る皇霊殿、八百万の神々を祀る神殿からなる宮中三殿において、天皇陛下御自らによりお祭りがおこなわれています。

陛下が宮中三殿のお祭りでおこなう御祈願の内容は、お詠みになられたお歌(御製)からも拝察することができますが、我が国の発展と、国民の幸福、五穀豊穣、世界各国の平和といった天下万民のための公の祈りであり、天照大御神をはじめとする神々の御心をそのままにお受け継ぎになられているということができます。陛下のこうしたお手振りを拝して、全国各地の神社では祈年祭や新嘗祭など毎年恒例のお祭りが厳粛に執りおこなわれております。

このことは皇室と関わりが特に深い戦前の旧官国弊社といった神社のみならず、各町村の氏神さまに至るまで同様に、陛下の我が国の神々に対する御敬神の念を仰ぎ、この精神をもととしてお祭りがおこなわれていることにおいて、皇室の祭祀と全国の神社とは深い結びつきにあるということができます。


 

神前結婚式について

神前結婚式の由来について

神前結婚式イメージ結婚式は数多い人生儀礼の中でも、重要な慶事の一つに数えられており、新たに家庭を築くという意味合いにおいても、意義の深い儀礼であるということができます。

日本では、古くから神道が日常生活と密接に関わっていましたが、現在のような神前結婚式が行われるようになったのは、明治時代になってからのことです。
鎌倉時代ごろの武家の婚礼では、婿方の家に輿(こし)に乗った花嫁が来ると、婿方の家族も参加して夫婦の盃(さかずき)を交わし、その後、親戚などに紹介するという、ごく簡単なものでした。やがて、婚礼はしだいに儀式化して、室町時代には三三九度も加わるようになります。

現在のような神社における結婚式の形は、明治33年5月10日、皇室婚嫁令により、当時皇太子であられた大正天皇と九条節子姫(貞明皇后)が、宮中賢所(きゅうちゅうかしこどころ)大前においてとりおこなわれた御婚儀に、大きな影響を受けています。
翌34年、この御婚儀に基づき定められた次第による神前結婚式が、一般でも日比谷大神宮(現・東京大神宮)において初めておこなわれ、全国各地に普及するようになりました。
こう説明すると神社における結婚式は、明治時代、新たに創られた儀礼のように受け取られることがありますが、儀礼の内容を見ると、各家庭を式場としておこなわれてきた伝統的な婚儀の形を参考としていることが分かります。

この形は家庭の床の間に、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)の御神名の掛軸や、自ら信仰する神々の御神名、また縁起物の絵画の掛軸などを飾り、その前に御饌御酒をお供えして祀り、この御神酒を三三九度により新郎新婦が戴くことで、夫婦の契りが結ばれるという信仰に基づくものです。後に家庭から神社へと式場が移っても、この考えには変わりがありません。
現在の神前結婚式は、家庭における婚儀の形や礼儀の作法を集大成し、我が国の伝統的な考え方を継承したものということができます。


三三九度について

神前結婚式では、新郎新婦が酒盃を取り交わすことによって夫婦固めをなす三三九度と呼ばれる儀式がおこなわれています。
三三九度とは酒盃を取り交わす回数を表したもので、酒を一杯飲むことを一度といい、三杯(三度)飲むことを一献として、これを三献、つまり九杯(九度)酒盃を戴く作法をいいます。これは式三献と呼ばれる平安時代の公家の酒宴の作法として見られたことであり、婚礼以外でも元服(げんぷく)などの祝儀においておこなわれていました。

三々九度

武家の礼法である小笠原流の婚礼式にもこの作法は見られ、陰の式として白装束を着けて三三九度をおこなった後、陽の式では色の装束を着け、三三九度をおこないます。
この詳細は、陰の式では、新婦が初めに一の盃で三度酒を飲み、つぎに新郎が二の盃で同じく三度酒を飲みます。さらに三の盃で新婦が三度酒を飲みます。陽の式ではこの逆に、一の盃が新郎、二の盃が新婦、三の盃が新郎といった順序になります。

現在の神前結婚式は、我が国の伝統的な婚礼の形を継承したものであるため、三三九度は重要な行事となっています。神社本庁撰定による「諸祭式要綱」では神酒拝戴の作法として、まず一の盃では新郎が一度、つぎに新婦が一度飲み、二の盃では新婦、新郎の順にそれぞれ一度飲み、三の盃では新郎、新婦の順に一度ずつ戴くとあります。

このように新郎・新婦が三度を三度重ねることで、縁起のよい数といわれる陽数、一、三、五、七、九の数の中で最も大きな数である九になり、固い縁を結び、幾久しく幸せな家庭が続くようにといった願いが込められています。

丁重な作法により御神酒を戴く三三九度は、婚礼をさらに厳粛なものとするとともに、神々の恩頼(みたまのふゆ)を戴くことにより、家庭円満と子孫繁栄を願う大切な儀式といえます。


玉串拝礼(たまぐしはいれい)の作法について

tamagushi

  1. 玉串を受け取り、玉串の先を時計回りに90度回して立てます。

  2. 左手を下げて根元を持ちます。このとき玉串に祈念を込めます。

  3. 玉串をさらに時計回りに回し、根元を神前に向けます。

  4. やや進んで、玉串を案(机)の上に置きます。

  5. やや下がり、二拝二拍手一拝の作法でお参りします。